標茶町だより:
vol1.
標茶町Onlineオープンに在って、もの想う。

私は都会生まれの都会育ちである。
地平線は、まだ見たことがない。
子供の頃、学校の帰り道はだらだら続く下り坂だった。マンモス団地の高台に作られた小学校。
裏門を出るとすぐ下り坂が始まって、向こうの方には自分の家のある団地の棟が見て取れる。
思い出の中の風景はなぜかいつも夕暮れで、
下り坂の正面に西の空が広がっている。
たった5分ほどのその下り坂が、私の貴重な空想タイムだった。
ちょうどそのころTVで「仮面ライダー」が全盛の頃で、
仮面ライダー1号と2号が私の兄達、というのがいつもの空想の設定。
正義のヒーローを兄に持つ私は、常に悪の軍団に狙われる宿命にあった。
コンクリートの同じ表情の団地群に囲まれながら、毎日続く空想の戦闘。
しかし、何故だか私の頭の中では、真っ赤な太陽の沈む地平線が広がっていた。
地平線などまだ見たこともないのに。
現実を忘れた私の心の空間。立ち戻ると、そこには常に地平線が広がっている。
ホンモノの地平線を見つめている人から、ある日メールがやってきた。
「私達の標茶町を、
あなたらしく表現してみてくれませんか。
いつも住んでいる私達には麻痺してしまって気づけないでいるから。
私達の町の魅力を、
あなたならうまく表現してくれそうな気がするのです」
たった1万人足らずしか住んでいない町、標茶町。
その町には、私達日本人(1億2千万人−1万人)が羨望を向ける空間がある。
私達が知らなかった、人の暮らしがある。
彼らは自然とともに生まれ、自然とともに生を暮らし、そのまま生に別れを告げていく覚悟のようだ。
なんて宿命。なんて従順。なんて勇気。
その生き様を、私達はインターネットで毎日見つめることができる世の中になった。
彼らの生き様に、私は少しだけ加担してみたい。
彼らの自己主張に、関与したいのです。
それが、「標茶町Online」に私が取り組む、たった一つの理由なのかもしれないと想いながら。
プロデューサー 小山陽子
Youko Koyama |
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過去のプロデュースサイトは
「Hankoya.com」「ナチュラム」
「ブルーミングスケープ」「宝塚アン」「包包龍」他。
総合戦略が重要なオンラインショップにおいて、
コンセプトワークからシステム構築、
コンテンツ制作からメールマガジン編集まで、
トータルな支援を信条とする。
楽天市場では、「ナチュラム極楽天店」の
メールマガジン編集長&サイトプロデューサー
としてもおなじみ。 |
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