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最近、地産地消という言葉をよく聞きます。
「自分たちの地域で生産されたものを、地域内で消費するのがあるべき姿だ」
そんな意味の言葉です。
価格追求や利便性追求の結果、生産者と消費者の実態がかけ離れお互いが見えなくなってしまった近年の日本経済。
どのような過程で生産されたのか全く見えない、という不安が、例えば、豆腐に米国産大豆を使用すること、牛丼にオーストラリア産牛を使用すること、などを一方的に「悪」として嫌う傾向があります。
そこで唱えられるのが「地産地消」という主張です。
しかし。あの狂牛病はなんだったのでしょう。これこそ、
「地元(国産)が必ずしも安全ではない」
という証明となってしまった事件だったのだと、私は思っています。
本当に大事だったのは、「国内産かどうか」ではなく、「安全な飼料と安全な飼育方法がとられていたのか」、ということだったのです。
生産者が、生育に関する信念を持ちながら確固とした飼育方針を貫いていることがまず第一にあり、そしてその上で、その方針徹底を明快に保証してくれる証明機関がないといけないのです。
そうでなければ、安全な食物生産管理は機能しないのではないでしょうか。
残念ながら今の日本に、そんな安全な食物生産管理機能はないことが、証明されてしまったのかもしれません。
そして、私達標茶町の善良な生産者達は、あの事件で大変な衝撃を受けました。
今年、標茶の羊が、牛達と一緒の場所で飼育されている、というただそれだけの理由で、すべからく屠殺するようにという行政からの通知がやってきたからです。
もちろん、牛達の中から疑わしい個体は出ていません。
「牛と一緒に居るから。」
それだけです。
安全証明という道は放棄されてしまったのでしょうか…。
こうして、私達は標茶町の羊を全て失うことになりました。
羊という財産だけではありません。過去累々と世代を通じて育ててきた喜びも悲しみも、何もかもと一緒に、です。
この事件は氷山の一角で、他にも悲しい話が一杯あります。
本当に安心安全を考えながらやっている業者が真っ先に経営的に追い込まれている現状を見ると、何か納得がいきません。
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地元で生産されたものを、地元で消費するのが理想だとは思いますが、それが即、安心・安全につながるとはどうしても思えないのです。
というのは、このように頑な消費経済が、多くの生産者を計算高い企業家にさせてしまったからです。生きるためには当然ともいえます。
現在「安心・安全」風な食品が市場に氾濫していますが、これは、売るために生活者の意向をふまえた企業姿勢の現れと言えると思います。
しかし、それは生活者の不安につけ込むような企業の意識が強く感じられます。
企業は、一見、安心・安全な食品を提供して利益をあげようとしています。
こうして生産者は次第に「自分が食べるための安全」ではなく、「売るための安心・安全」を選びつつあります。
「安全そうに見える工夫」などという空しい努力をしている生産者も残念ながらかなり居るのが実態です。
そして何が安全なのかを正確に知らない消費者は、まんまと「安全そうに見える」ものを手にとります。
でも安全は結局は見えないものかもしれませんね。
顔が見えるから安心とも言えない、という現実がそこにあります。
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私が20才くらいまで、精肉販売と同時に養豚業として数百頭を飼育していました。豚も薬を使わなければ病気で死亡します。
各地を視察してハム製作の勉強した際、100%無添加が本当にいいことではないとも知りました。
それまでは、私も無添加が良い事だと思っていたのです。
でも、真の安心・安全を守るためには、最低限の薬品を使うことも必要なことだと感じました。
人間社会で考えると、病院も薬も無くすることが元気で健康な社会をつくることにはつながらないことと同じです。
薬を全く使わないことではなく、動物達の成育に合わせて誠意を持って一緒に生きていってやることが正しい農牧だと思うようになりました。
その後生産者から、仕入れ業者、卸業者、流通業者、といろいろな立場に変わっても、常に「本当の安全って何?」と考えながら食品流通全体を見つめてきたような気がします。
私の起源としての「肉屋」の魂として、「自分が肉が大好きなので、自分が安心して食べれるお肉を取り扱いたい」とこだわっていました。
そうして、そのような食品を自分で見抜けたら、それを皆様におすすめすることが本当の「地産地消」運動の根幹なのではないのかな、と思っています。
つまり、
「生産の現場と、消費の現場を橋渡しする」
ということです。
インターネットを武器に身につけた私なら、絶対にできるはずなのです。
残念ながら「地(日本)産」にはそのような食べ物がないこともあります。
そのときは、日本以外の安全な食べ物を探します。
例えば、今回の狂牛病の原因は、病気の牛の骨を混ぜた飼料を牛に食べさせていた、ということでした。
では、何故そんなことが起こるのか。それは、狭い日本では動物性飼料以外に安い飼料がないからです。
外国には広い牧草地や広い農地で大量に取れる穀物飼料を牛や羊に与えた方がずっと安上がりな国が多くあり、日本と異なり植物性飼料だけで育てているケースが多いのです。
本来牛や羊は草食ですから、いわば共食いのような不自然な状況も生まれません。
そう、国産だから不安な部分もかなりあるとということです。
さらに、外国の方が安全に関する証明が整っている場合も残念ながら多いです。
一方的に紙切れ1枚で全てを無に帰する策しかない、ということの方が異常ではないでしょうか。
その実態を見ながら、このままでは日本の農業に行く末はないと悲観的になることもしばしば…。
多くの善良な標茶町の生産者達のことを考えるとつらいのです。
この狂牛病騒動で羊を失ってしまう標茶町の私達は、これを機会に「安心」「安全」の本当の意味を考え直し、厳選した素材の確かさ、製法のこだわり、生産者のものづくりに込める思いを消費者の皆様に「翻訳」して行きたいと思っています。
お客様に安心して買っていただくための情報、それを生産者の立場で考え方を説明、そんな意識を持った販売者がこんな大自然の地域からいろいろな情報をお届けしたい…。
素晴らしい食の発見があったこと等も伝えながら、ボチボチとマイペースでやっていきたいと考えています。
その後の経過-標茶町にとって羊が大事な存在だという町民の意識が強まり、継続して肥育されることになりました。皆さんありがとうございました。<(_
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標茶町Online
店長 野崎政則
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